労務問題

2025/06/22 労務問題

【建設業の経営者様へ】正しい手順は「希望退職」から。リストラで失敗しないための進め方

「受注が減り、先行きが見えない…」 「資材は高騰し、利益を圧迫している…」 「頼りになるベテランは高齢化し、若手はなかなか育たない…」

このような厳しい状況の中、「人員整理」という難しい決断を迫られている建設会社の経営者様は少なくないでしょう。しかし、その進め方を誤ると、思わぬ訴訟トラブルや信用の失墜を招き、会社の存続をさらに危うくしかねません。

実は、人員整理にはトラブルを避けながら穏便かつ確実に進めるための「王道ルート」が存在します。 本記事では、スマートリーガル法律事務所が、建設業の現場事情を踏まえつつ、会社と残る従業員を守るための人員整理の正しい進め方を、分かりやすく解説します。

1. なぜ「希望退職」から始めるべきなのか?

人員整理には、大きく分けて「希望退職」と「整理解雇(リストラ)」の2つの方法があります。この2つは似ているようで、全く性質が異なります。

項目

希望退職(早期退職優遇制度)

整理解雇(リストラ)

進め方

会社が退職金を上乗せするなどの良い条件を示し、従業員に**「自ら手を挙げてもらう」**方法。

会社の経営事情により、会社が対象者を選んで一方的に雇用契約を終了させる方法。

雰囲気

従業員の「自主的な選択」という形なので、社内外への影響は比較的小さい。

「クビ切り」というイメージが強く、残る従業員の士気低下や、会社の評判悪化に繋がりやすい。

難易度

従業員が「無理やり辞めさせられた」と感じないよう、慎重な手続きが必要。

裁判所による非常に厳しいチェックがあり、簡単には認められない。

確実性

応募者がいなければ誰も辞めないため、計画通りに人員を削減できるかは不確実

会社が人数を決められるため、確実な人員削減が可能。

一見すると、確実に人員を減らせる「整理解雇」の方が手っ取り早いように思えるかもしれません。しかし、これは大きな誤解です。 トラブルを避け、会社へのダメージを最小限に抑えるための王道ルートは、まず「希望退職」を募り、それでも目標の人数に達しなかった場合に、最終手段として「整理解雇」を検討する、という段階的な進め方なのです。 なぜなら、先に希望退職を募ることは、後述する整理解雇の際に「会社は解雇を避けるために、できる限りの努力をした」という証明の一つにもなるからです。

2. あなたの会社が考えるべきこと:建設業特有の3つのポイント

人員整理の方法を考える上で、建設業ならではの事情も大きく影響します。

  • ポイント①:工期契約と人員管理の問題 大型工事の中止などで、急激なコスト削減が必須な状況は、人員整理の必要性を示す大きな理由になります。

  • ポイント②:技能者の高齢化と技術承継の問題 経験豊富なベテラン層に敬意を払いながら勇退してもらうには、退職金の上乗せといった優遇措置を設けた「希望退職」が適しています。

  • ポイント③:公共工事の入札と信用の問題 会社の評判が重要な公共工事を主軸とするなら、トラブルのリスクが低い「希望退職」から始めるのが安全策と言えるでしょう。

3. 第一歩、「希望退職」を成功させる3つの鍵

希望退職は、ただ募集をかければ良いというものではありません。応募者が現れず、費用だけがかさむ失敗を避けるには、緻密な制度設計が必要です。

  1. ターゲットを明確にする 「誰に、何人くらい応募してほしいのか」を明確にします。(例:勤続10年以上の事務職、55歳以上の有資格技術者など)

  2. 魅力的な優遇措置を設計する 退職金の上乗せ額の目安は、月給の3~12ヶ月分が一般的です。建設業退職金共済(建退共)の手当に、会社が独自に上乗せする方法も検討しましょう。

  3. 「自由な意思」を大切にするプロセスを徹底する 後から「退職強要だ」と訴えられないよう、以下のプロセスを丁寧に踏むことが極めて重要です。

    • 募集開始 → 全社向け説明会 → 十分な検討期間(最低でも2週間以上)の設定 → 個別相談会 → 本人の最終意思確認 → 退職合意書の締結

4. 最終手段、「整理解雇」で裁判所がチェックする4つのポイント

希望退職を募っても目標人数に達せず、会社の存続のためにやむを得ず整理解雇に踏み切る場合、裁判所は以下の4つの点を厳しくチェックします。これらをクリアできなければ、解雇は「不当」として無効になってしまいます。

  1. 人員削減の必要性は本当にあるか? 「受注がこれだけ減り、赤字になっている」など、客観的な数字で経営の危機的状況を説明できる必要があります。

  2. 解雇を避けるために、他の努力をすべて行ったか? 役員報酬のカット、経費削減、新規採用の停止、そして希望退職の募集など、「解雇以外のあらゆる手を尽くした」ことを証明しなければなりません。

  3. 解雇する人の選び方は公平か? 社長の好き嫌いなど、恣意的な理由で選んではいけません。保有資格や過去の人事評価、現場での貢献度など、誰もが納得できる客観的で公平な基準が必要です。

  4. 従業員にきちんと説明し、話し合ったか? なぜ人員整理が必要なのか、会社がどんな努力をしたのか、どんな基準で人選したのかを、労働組合や従業員に何度も丁寧に説明し、話し合いの場を持った記録が求められます。

5. あなたの会社はどのステップ?判断シート

会社の状況

推奨されるアクション

経営にまだ少し余裕があり、緊急の資金繰り改善は不要な場合

まずは希望退職で、穏やかに組織のスリム化を図ることを検討します。

緊急の資金繰り改善が必要で、かつ地域の技能者(職人など)が不足している場合

まず希望退職を募ります。技術承継の観点から、キーマンの流出を防ぎつつ、応募が少ない職種に絞って次の手を検討します。

緊急の資金繰り改善が必要で、かつ地域の技能者は比較的確保しやすい場合

まず希望退職を募り、目標に達しない場合は、整理解雇の準備を並行して進める必要があります。

結論:会社を守る人員整理、まず何から始めるべきか?

人員整理を成功させる鍵は、「希望退職」と「整理解雇」を二者択一ではなく、段階的なプロセスとして捉えることです。会社へのダメージが少なく、従業員の納得感も得やすい「希望退職」から丁寧に着手し、それが最終手段である「整理解雇」の正当性を高めることにも繋がります。

この手順で進めるために、まず最初の一歩は現状分析です。 この30日以内に、以下の作業から着手してみてはいかがでしょうか。

  1. 最新の受注・資金繰りシミュレーションを作成・更新する。
  2. 全従業員の技能、保有資格、年齢の分布リストを作成する。
  3. もし人員整理を進めるなら、どのようなスケジュールで社内説明を行うか、大まかな案を作る。

人員整理は、経営者にとって最も苦しい決断の一つです。しかし、正しい知識と慎重な手続きを踏むことで、会社と残る従業員を守り、未来への再生に繋げることができます。 判断に迷われたり、具体的な進め方に不安を感じたりした際には、私たちスマートリーガル法律事務所にご相談ください。建設業界の労務問題に精通した弁護士が、あなたの会社の状況に合わせた最適な解決策をご提案します。

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免責事項・更新日 本記事は2025年6月15日時点の法令・業界動向に基づき作成しています。個別案件は事実関係により結論が異なります。最終判断は労務専門の弁護士へご相談ください。 執筆・監修:スマートリーガル法律事務所(弁護士 寺口飛鳥) 

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