2025/08/03 労務問題
【タクシー会社の経営者様へ】問題ドライバーの解雇、どう進める?弁護士が教える普通解雇の注意点と実践的ロードマップ
「顧客からのクレームが特定のドライバーに集中している…」
「事故や交通違反が後を絶たず、会社の保険料が上がりそうだ…」
「営業成績が著しく低いが、歩合給なので強く指導できない…」
ドライバーの高齢化や深刻な人材不足、そして2024年問題による労働時間規制の強化など、タクシー業界の経営環境は厳しさを増しています。一方で、乗客の安全を守る公共交通機関として、ドライバーには高いレベルの運転技術と接客態度が求められます。
この「人材不足」と「安全確保」というジレンマの中で、問題のあるドライバーへの対応に頭を悩ませている経営者様は少なくないでしょう。
最終手段として「普通解雇」を検討する際、その判断と手続きを誤れば、「不当解雇」として訴訟に発展し、会社に多大な金銭的・信用的ダメージを与える可能性があります。
本記事では、スマートリーガル法律事務所が、タクシー業界の特殊性を踏まえ、問題ドライバーへの対応から普通解雇に至るまでの法的に正しい考え方を「5つのステップ」で分かりやすく解説します。
STEP 1: 法的リスクを理解する – なぜドライバーの解雇は難しいのか
まず大前提として、日本の法律では、会社が従業員を解雇することは厳しく制限されています。労働契約法第16条は、解雇が「客観的に合理的な理由」を欠き、「社会通念上相当」であると認められない場合、その解雇は無効になると定めています。
簡単に言えば、解雇するには「誰が見ても納得できる理由があり、かつ解雇という最終手段がやりすぎではない」ことを、すべて会社側が証明しなければなりません。
特にタクシー業界では、
- クレームや事故の事実確認は客観的に行われたか?
- 売上の低さは本人の怠慢だと証明できるか?
- 解雇を避けるために、会社としてあらゆる努力を尽くしたか?
といった点が、裁判所で厳しく問われます。この法的なハードルの高さを理解することが、すべての始まりです。
STEP 2: 問題の客観的な記録・証拠化 – すべての土台作り
「態度が悪い」「やる気がない」といった主観的な評価は、法的な証拠になりません。解雇の正当性を主張するための土台となるのは、客観的で具体的な事実の記録です。
【タクシー業界で収集・作成すべき証拠の例】
- デジタルデータ: ドライブレコーダー(音声・映像)、運行記録計(タコグラフ)、GPSの走行データは、危険運転や営業実態を客観的に示す強力な証拠です。
- 業務記録: 日報、配車システムのログ、事故報告書などを体系的に保管します。
- クレーム記録: 顧客からのクレームは、日時、顧客情報、具体的な内容、会社の対応履歴までを詳細に記録します。
- 指導・面談記録: 口頭での注意であっても、日時、内容、相手の反応などをメモとして残しておくことが重要です。
STEP 3: 改善指導と教育機会の提供 – 解雇回避努力の実行
問題行動を記録したら、次は改善の機会を与えます。いきなり解雇することはできません。従業員を育成し、改善を促すことは、法律上、会社に求められる「解雇回避努力」の重要な一環です。
- 段階的な指導・警告を行う
- 口頭での注意・指導: まずは具体的な事実を指摘し、期待する行動を伝えます。
- 書面による指導: 改善が見られない場合、「指導書」や「改善勧告」を交付し、事態の重大さを伝えます。書面には、改善すべき点、改善期限、そして改善されない場合に解雇を含む次の処分があり得ることを明記します。
- 具体的な教育・研修の機会を提供する
問題の種類に応じて、添乗指導による運転技術の再教育、接客マナー研修、危険予知トレーニング(KYT)などを実施し、その事実を記録に残します。
STEP 4: 配置転換の検討 – 「最後の手段」であることの証明
指導や教育を尽くしても改善が見られない場合でも、直ちに解雇に進むのは早計です。その前に、配置転換によって雇用を継続できないかを真剣に検討する義務があります。
過去の裁判例でも、ドライバーとして乗務できなくなったからといって、直ちに解雇することは認められず、会社が内勤職(配車係、事務員など)への配置転換を検討したかが厳しく問われています。
たとえ社内に適切なポストがない場合でも、「配置転換の可能性を真剣に検討し、本人に打診した」というプロセスとその記録が、解雇がやむを得ない最終手段であったことを示す上で極めて重要になります。
STEP 5: 最終手段としての「退職勧奨」と「解雇通知」
あらゆる手段を尽くしても問題が解決しない場合、最終的なステップに入ります。
- ① 退職勧奨の実施(紛争の軟着陸)
一方的な解雇通告の前に、合意による円満な退職を目指す「退職勧奨」を実施します。これは、退職金の割増などの条件を提示し、あくまで従業員の自発的な退職を促す話し合いです。即決を迫らず、十分な検討期間を与えることが重要です。「辞めないと解雇する」といった威圧的な言動は、違法な「退職強要」と判断されるリスクがあるため、言動には細心の注意が必要です。 - ② 普通解雇の通知(法的手続きの完了)
退職勧告に応じない場合、最終手段として普通解雇の手続きに入ります。
- 解雇予告: 労働基準法に基づき、解雇日の30日以上前に「解雇予告通知書」を交付するか、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払います。
- 解雇理由証明書: 従業員から請求された場合、会社は遅滞なく交付する義務があります。この証明書には、これまで記録してきた具体的な事実に基づき、解雇理由を網羅的に記載する必要があります。後から理由を追加することは困難なため、作成には専門家のアドバイスを求めることを強く推奨します。
まとめ:紛争予防と、やむを得ない場合の正しい対応
不当解雇をめぐる紛争は、事業所に多大なダメージを与えます。最も重要なのは、解雇という事態を避けるための日頃からの取り組みです。
- 採用時のスクリーニング強化(運転記録証明書の確認、適性診断の実施)。
- 就業規則や賃金規程の整備(特に歩合給のルールを明確化)。
- 継続的な安全運転・接客教育の実施。
- ドライバーの健康管理体制の強化(健康診断の徹底、相談窓口の設置)。
これらの予防策を講じることが、法的リスクを低減し、社会のインフラとしての信頼を守ることにも繋がります。
それでも問題が起きてしまい、解雇を検討せざるを得ない場合は、本記事で解説したステップを一つひとつ着実に実行することが、あなたの事業所を守るための道筋となります。
しかし、個別の事案はそれぞれ複雑であり、自己判断は危険を伴います。対応に悩んだら、できるだけ早い段階で、私たちスマートリーガル法律事務所のような労働問題に精通した弁護士にご相談ください。それが、最も安全で確実な解決への近道です。