労務問題

2025/08/17 労務問題

不当解雇リスクは「採用と育成」で9割決まる。弁護士が教える医療機関のための予防的労務管理術

「問題のある職員を解雇したいが、法的に大丈夫だろうか…」

医療機関の経営者様から、このようなご相談を数多くお受けします。確かに、解雇に至るまでの適切な手続きを知ることは重要です。

しかし、多くの解雇紛争を扱ってきた弁護士として断言できるのは、解雇トラブルの根源は、解雇のずっと前、多くの場合「採用のミスマッチ」と「入職後の育成不足」にあるということです。

本記事では、解雇という「対症療法」ではなく、そもそも紛争が起きにくい組織を作る「予防医学」の観点から、医療機関が実践すべき労務管理のポイントを解説します。

予防策1:「入口」を制する者が、労務を制す – 採用時のミスマッチ防止

 

職員とのトラブルの多くは、採用段階での「こんなはずではなかった」というボタンの掛け違いから始まります。

  • 具体的アクション①:良いことばかり言わない。「正直な情報提供」を徹底する
    施設の理念ややりがいを伝えることはもちろん大切ですが、同時に、医療現場の身体的・精神的な厳しさ、シフト勤務の実態、大変な業務内容なども正直に伝えることが、入職後のギャップを減らす上で極めて重要です。良い点も悪い点も事前に開示することで、求職者は現実的な覚悟を持って入職を判断できます。
  • 具体的アクション②:「スキル」だけでなく「人」を見る面接を行う
    過去の経験について、「どのような状況で、何を考え、どう行動し、結果どうなったか」を深く掘り下げる質問をしましょう。これにより、専門スキルだけでなく、医療従事者に不可欠な問題解決能力や対人関係構築能力、倫理観などを評価することができます。
  • 具体的アクション③:「リファレンスチェック」を活用する
    本人の同意を得た上で、前職の上司などに人柄や勤務状況についてヒアリングを行う「リファレンスチェック」は、経歴書だけでは分からない情報を得るための有効な手段です。

 

予防策2:院内の「交通ルール」を明確にする – 就業規則の戦略的整備

 

就業規則は、単なる事務的な書類ではありません。それは職場のルールを定める**「病院の憲法」**であり、紛争時には自院を守る法的根拠となります。

  • 具体的アクション④:「してはいけないこと」を具体的に書く
    「業務に適さない」といった抽象的な表現だけでは、いざという時に解雇理由として認められません。「患者の安全や尊厳を著しく損なう行為があったとき」「チーム医療に必要な情報共有を正当な理由なく怠り、業務に重大な支障を生じさせたとき」など、医療現場の実態に即した具体的な解雇事由を明記しておくことが、紛争予防の第一歩です。
  • 具体的アクション⑤:「ハラスメント」から職員と組織を守る規定を置く
    職員間のパワハラやセクハラはもちろん、近年問題となっている**患者やその家族からのハラスメント(カスタマーハラスメント)**についても、禁止規定と発生時の相談・対応体制を明確に定めておくことが、職員が安心して働ける環境整備に繋がります。

 

予防策3:「育てる文化」こそが、最大のリスク管理

 

職員の能力不足や問題行動は、本人の資質だけでなく、組織の育成体制や職場環境が原因であることも少なくありません。「育てる文化」は、紛争の芽を摘む最も効果的な土壌です。

  • 具体的アクション⑥:医療安全と倫理の研修を「年中行事」にする
    インシデントレポートの分析やヒューマンエラー対策、危険予知トレーニング(KYT)といった医療安全研修を、新人だけでなく全職員を対象に定期的に実施しましょう。これにより、組織全体の安全文化を醸成し、病院が求める行動基準を明確に示すことができます。
  • 具体的アクション⑦:職員の「心の健康」を守る仕組みを本気で作る
    医療現場の過酷な労働環境は、職員のバーンアウト(燃え尽き症候群)を引き起こし、それが医療ミスや問題行動に繋がりかねません。
  • 相談窓口の設置: プライバシーが守られる外部の相談窓口(EAP)と契約するなど、職員が気軽に悩みを相談できる体制を整えます。
  • 管理職によるケア: 管理職が部下の様子の変化に早期に気づき、声をかける「ラインケア」の研修を実施します。
  • 過重労働の防止: 「医師の働き方改革」への対応はもちろん、全職員の労働時間を客観的に管理し、十分な休息が取れるシフト管理を行うことは、使用者としての法的義務であり、最強のリスク管理です。

 

まとめ:紛争予防は、経営戦略そのものである

 

ここまで見てきたように、不当解雇のリスクを根本から減らす方法は、問題が起きてから解雇の正当性を主張することではありません。そもそも解雇を検討せざるを得ない状況を作らないこと、すなわち、予防的な労務管理体制を構築することにあります。

日常的なコンプライアンス遵守と、職員が安心して成長できる環境への投資こそが、解雇という最終手段に頼ることなく、健全で持続可能な医療機関を築くための最も確実な道筋です。

労務管理は、もはや単なる事務手続きではありません。それは、職員の健康と安全を守り、プロフェッショナリズムを育み、ひいては医療の質と安全を保障するための、経営戦略そのものなのです。

もし、就業規則の見直しや、採用・育成プロセスの構築、あるいは既に発生してしまった職員とのトラブル対応でお悩みの場合は、私たちスマートリーガル法律事務所にご相談ください。問題が深刻化する前に、予防的な観点から最適な解決策をご提案します。

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